サッカーの試合 勝つためにプレイするか、楽しむためにやるかどちらの方がうまくいくのか

サッカーをやっていると、たまにふと感じることがあります。

自分は何のためにサッカーをしているのだろうと。(自分で言ってて恥ずかしい)

しかし、誰もが一度はこの感情をふと感じた事があるのではないでしょうか?

 

 

初めは楽しくて仕方なかったサッカーも、時間が経って慣れれば慣れるほど、

こんな辛い練習までして自分はなにがしたいのかと。

試合で、自分のプレイと周りが求めるプレイとのギャップを感じて悩んでいませんか?

ひたすら勝つためだけに全力を注ぐのか、楽しむためにやるのか。

結局私が出した結論は、

 

「楽しむためにやる」

でした。

今回はなぜ楽しんでプレイした方がいいのか、10年間以上サッカーをしてきた私独自の見解から解説していきます。

 

試合で勝てる

 

勝つことを意識しているのだから、当然試合に勝てるようになります。

意識していることは、常に効率的になりプレイが単調になり無駄が少なくなります。

 

 

私自身この経験があり、勝つことを意識すると自然とシンプルなプレイが多くなりました。

どっちがいいとかそういう問題ではなく、単純な効率を求めたらシンプルなプレイに収束するのかもしれません。

 

じゃあ派手な技を繰り広げるプロ選手は勝ちにいってないのか?

 

そんなことはないです。

プロにとってのシンプルなプレイが、私達から見ると派手なプレイに感じてるだけです。

もちろん、わざとパフォーマンスとして技を披露することがないとは言えないです。

しかし、レベルの違いというのは必ずあるもので、

プレイの仕方だけを見てその人の感情を決めつけるのはあまりにひどい話です。

 

負けた時辛い

 

勝ちに意識したからといって、必ずしも勝てるとは限りません。

そして、いつかくる「負け」が来たとき。

精神にくるダメージは想像を絶するものです

 

「そんな大げさな」

 

と思うかもしれませんが、実際私が経験したあの時の敗北はえげつなかったです。

勝ちへの意識しかない私にとって、負けることなどあってはならなかったのです。

ちょっとがんばって、あーあ負けちゃったじゃすまされないのです。

 

そしてそれは接戦であればあるほどダメージは食らうでしょう。

誰でも一生懸命がんばったのに、成果がでなかったら悔しいですよね?

そのダメージを食らう覚悟がないと、勝ちを意識することはできないかもしれません。

 

周りが本気じゃないと腹が立つ

 

自分は真面目に一生懸命やってるのに、周りの仲間や友達が適当にやってたらどう思いますか?

 

嫌でも腹が立ちますよね?

 

腹が立ち、ついきつい態度を仲間にむけてしまいます。

最悪の場合

 

「あいつだけ真面目でうける」

「あいつうざくね」

 

と同じチームであり仲間である存在からこんな声がちらちら聞こえてくるかもしれません。

仲間も全員勝ちにいくような団結力があるぞ、という人はここは飛ばしてください。

そうでない人は、必ず自分と周りとの目指している所のギャップに感情を揺さぶられるでしょう。

 

人は人、自分は自分と区別して我慢するしかないでしょう。

無理に意見を押し付けてしまいますと、どんどん関係が悪化し、結果的に自分が目指す勝ちが遠のいていってしまいます。

サッカーはチームプレイです。

誰一人味方が欠けては勝てなくなるのをお忘れなく。

 

結果つまらなくなる

 

結果つまらなくなります。

精神的にも肉体的にも張りつめていた緊張の糸が切れ、崩壊してしまいます。

試合でも勝ち続け、味方にも恵まれ、自分の理想を実現できているならそれでいいのです。

しかし現実はそう甘くありません。

頑張っても報われない虚しさや味方との思想の違いに落胆し、挙句の果てに

サッカー自体をやめてしまうのです

スポーツにおいて結果重視で活動して続けられてる人を私はあまり見たことがありません。

 

楽しむためにプレイすると?

上達意欲が高くなる

 

楽しむということは、

何事にも好奇心旺盛で経験の吸収力が物凄いです。

勉強の授業の話は頭に入ってこないのに、好きなゲームの隠しコマンドとかはすぐ覚えられるのと同じです。

サッカーでいうと、できない技や動き、考え方などあらゆうものを知りたい学びたいと自然に思うはずです。

これを赤の他人から見たら「努力」と評価するかもしれませんが、

当人からしたらやりたくてやっているのだから自分ががんばっているともなんとも思っていないでしょう。

 

試合すら成長の場になる

 

試合こそ楽しい「練習」はありません。

「練習じゃなくて、試合だから本番やん」

確かにその意見は正しく普通なことです。

しかし、今の私みたいに楽しむをモットーにしてる人は、試合ほど最もボリュームがあって楽しいものなんてないと考えているのです。

失敗など恐れず、この技は相手に通用するのか?このフェイントは引っかかるのか?など常に研究をし続けています。

そんな私たちにとって、試合の「負け」など小さなことにすぎません。

サッカーをやること自体が目的であり、たのしみなのです。

周りに疎まれる

 

試合などで研究するといいましたが、もちろんも失敗してチームにどうしても迷惑がかかってしまうときがあります。

そんな自分さえ楽しければそれでいいみたいな態度を出しすぎると、仲間に疎まれるかもしれません。

中にはさっきの話じゃないですが、勝ちにこだわっている人もいるかもしれません。

そんな人からみたら、完成度の低い技を試合で研究だと評し、失敗しても笑顔で楽しそうにプレイしてたら

「こっちは真剣にやってるに、なんでそんなふざけてるんだ」

と思われかねません。

もちろん楽しむ側の人は決してふざけてたり、真面目にやってる人を馬鹿にしてるわけではありません。

いたって真剣に、真面目に面白おかしく研究しているのです。

しかし、相手には思いだけでは伝わらないんです。

勝ちにこだわる人は周りを巻き込んでの考えなので、いい意味でも悪い意味でも周りとのギャップに気づき直そうとします。

逆に、楽しむ人は自分だけの世界なので、いい意味でも悪い意味でも周りにどう思われようと関係ないと思っています。

そう考えると、楽しむ人の方がよっぽどタチが悪いかもしれません。

 

勝ち負けも楽しめる

 

勝ち負けにこだわらないみたいな言い方をしましたが、

実際勝ったら嬉しいし、負けたら悔しいです。

楽しみをこだわる人はもっと言うと、

負けてもそんなにダメージはないのに勝ったらちゃんと喜ぶというのが特徴的です。

負けても、楽しめたし次があると思えるし、勝ったら勝ったで素直に喜びます。

すかした感じであえて勝っても喜ばないみたいなダサいことは基本的にしないのです。

 

勝ちにはいかないのに、勝ったら喜ぶのは矛盾してないのか

 

いいえ。決して矛盾してません。

私達楽しむこと第一の人からすれば、

「勝った」というのは後からポッとでた僥倖にすぎないのです。

僥倖とはつまり、おもいがけない幸運という意味で。

「楽しく試合してたらなんか勝ってた、なんか知らんけどとりあえず喜んどこー」

的な軽い感覚にすぎないのです。

 

長く続けれる

 

自分が楽しくてやっているに、

わざわざやめる理由はありません。

長く濃くプレイし続けるでしょう。

自分がやりたくてやっているほど、長く続けられるものはありません。

単純に怠惰に惰性で続けるのではなく、真剣に日々成長して続けられるのです。

 

まとめ

どうでしょうか?

お互いの特徴をすこし極端に書いてみました。

私は両方の時期があったので、両方の気持ちがわかります。

それを踏まえた上でどちらの方が言いかというと、冒頭にもあった通り

楽しむべきです

というか書いてて思ったのですが、プロでもなければ普通は趣味としてやっているサッカーをなぜ楽しまず勝ちにこだわるのか?

と元も子もないことを思ってしまいました。

いやわかります。勝つのが楽しいから勝ちにこだわる理論は。

自分も昔そうでしたが、しかしどうしてもっと早く

勝ち以外のたのしさを見つけられなかったのか

ほんとに我ながら不思議です。

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偏差値72の高校を在学中の高校生ブロガー。サッカーを小学生の頃から10年以上やっている熟練者。本を読むことと文章を書くことが好きなこともあり、このしおんブログを2020年5月に開設。好きなことと得意なことを掛け合わせた新時代のネットビジネスを目指す。

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